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広島地方裁判所 昭和46年(ワ)677号 判決

原告 福原幹江

右訴訟代理人弁護士 外山佳昌

被告 広島県

右代表者知事 永野巌雄

右訴訟代理人弁護士 幸野国夫

右指定代理人 影広幹雄

〈ほか一名〉

主文

被告は原告に対し金八三〇万二一七三円と内金七八〇万二一七三円に対する昭和四六年七月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

被告は原告に対し金一四七九万二八七八円と内金一三七九万二八七八円に対する昭和四六年七月二五日より支払のすむまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決と仮執行の宣言を求める。

(被告)

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

≪以下事実省略≫

理由

一、昭和四六年七月二四日午後八時四〇分頃折からの集中降雨で矢多田川が増水し、本件護岸が決壊すると同時に河岸にある本件土地上の本件家屋(土地の面積建物の床面積の点は除く)が倒壊して、同家屋に居住していた松森音一、同キヌヨ夫婦が死亡し、同家屋内の商品、家財その他の動産が流失または破損したこと、矢多田川は芦田川水系の一級河川で広島県知事が建設大臣から管理の一部の委任を受け、被告県がその管理の費用を負担していることは当事者間に争いがない。本件土地の面積、本件家屋の床面積が原告主張のとおりであることは、≪証拠省略≫によりこれを認めることができる。

二、本件事故が原告主張の本件護岸、直近上流自然護岸の設置または管理の瑕疵によって生じたかどうかについて検討する。

1、本件護岸を被告において設置し管理していたこと、直近上流自然護岸に四五年災害による洗掘箇所が存在したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によると、本件事故前の本件土地、建物、護岸の状況について、次の事実が認められ、格別反対の証拠はない。

本件土地はもと、正伝啓太郎所有の矢多田川岸(大悟橋西詰上流側)に位置する南北約一三メートル、東西約四・七メートルの竹藪の自然護岸(土手)であったが、同二八年々末頃石川吟八がこれを賃借し、息子正六の手伝のもとに竹藪を伐り開き、右土手の中間に高さ数メートルにわたり、付近の川の中から拾い集めた野面石にコンクリートをまぜた石積を築き、右石積および土手の斜面に直接柱を建て床下を中空にして長短さまざまの束で床を支えるなどして本件家屋を建築した。亡音一は同三二年頃石川吟八から代金一五万円位で本件家屋を買受け居住したが、その後家屋の内部を一部改造したほか、本件護岸を利用し軽量鉄骨による階段を取りつけ外部から直接二階に出入できるようにし、ついで同三九年一二月には本件土地を買受けた。その間同三三年頃被告は大悟橋西詰下流側伊尾小学校々庭地先の護岸工事をするのと相前後して、上流側の本件土地の野面石石積の外側に、長さ約一三メートル、高さ約三メートルの石垣の護岸工事を地元の建設業者に請負わせて施工した。

2、ところで、本件護岸の決壊につき、原告は本件護岸裏側地盤が直近上流自然護岸洗掘箇所からの侵水により弱体化したことに加えて本件護岸の基礎部分が洗掘されたことによって生じたと主張するのに対し、被告は河床の異常な洗掘現象による本件護岸の弱体化に、裏側地盤を通っている排水管の漏水、野面石積のぜい弱性等の原因で内部からの土圧が加重されるという悪条件が加って生じたと主張する。

本件護岸が原形をとどめぬ程度に決壊していること、その決壊の原因の一つは今次出水の河床洗掘現象による石垣の基礎の弱体化にあって裏側地盤への越水によるものでないことは被告の自認するところである。≪証拠省略≫によると、四五年災害に際し、本件護岸に続く上流の自然護岸が相当区間洗掘浸食され、川幅が広がり河床が深くなり、本件護岸の石垣の根がある程度露出していたことが認められる。≪証拠判断省略≫そして、河川法一三条は堤防その他河川の施設の構造の基準について、水位、流量、地形、地質その他の河川の状況および自重水圧その他の予想される荷重を考慮し安全なものでなければならない旨規定している。以上のことを合せ考えると、被告において、本件護岸が右基準に従い、過去の経験その他から合理的に予測される洪水等の災害に耐え得るだけの安全性を備えたものであることを主張立証しないかぎり、本件護岸の築造およびその後の維持保存に瑕疵が存在したと推認するのが相当である。

被告は本件護岸の決壊は、予測不能の異常出水による異常な河床洗掘現象に基因するもので通常の護岸根入では防止し得ない不可抗力によるものであると主張する。≪証拠省略≫によると、別表(一)記載のとおり、本件事故の直前五時間内に上流の矢多田川水系に多量の集中降雨があったことが認められるけれども、≪証拠省略≫によれば、四五年災害時にも、別表(二)記載のとおり、同一地域に右以上多量の集中降雨があったことが認められる。また、≪証拠省略≫によると、四五年災害時には今次災害時に比し最高水位が数十センチメートルうわまわる増水があり、本件家屋の周辺に越水したくらいであって、護岸の被災箇所も広範囲におよんでいたこと、もっとも四五年災害は降雨時間が永かったせいもあって漸次増水したのに対し、今次災害は短時間に急に増水した趣きがあり、河床洗掘についても前者は護岸の浸食が甚だしかった反面後者は河床の洗掘が激しかったこと、本件護岸は大悟橋西詰の上流側に接続しているため橋脚、橋台等の構造物に作用されいわゆる水流を生じ護岸に影響を受けやすいことがそれぞれ認められ、特に反対の証拠はない。右事実によれば、本件事故時の集中降雨による河床洗掘現象は過去の経験その他の諸事情にてらしてもいまだ通常予測することができないほど異常なできごとであるということはできない。そのほか、被告は本件護岸の設計施工またはその後の維持、修膳ならびに保存に不完全な点がなかったことについて、何ら具体的な主張立証をしないから、本件護岸の設置若しくは管理に瑕疵が存在したといわざるをえない。

3、なお、原告は直近上流自然護岸の洗掘箇所から本件護岸裏側地盤への浸水が護岸決壊の有力な原因であると主張する。四五年災害により直近上流自然護岸の竹藪が洗掘浸食されていたことは前記認定のとおりであり、前項掲記の各証拠によれば、今次災害時の出水により右竹藪がさらに一段と洗掘浸食されたが、前記認定の最高水位から見て右箇所から裏側地盤へ越水したことはないことが認められる。そして、右各証拠によると、右洗掘箇所から裏側地盤に流水の浸透が全くないともいえないけれども、≪証拠省略≫により認められる建物倒壊の状況等にてらすと、本件護岸の決壊に影響をおよぼすほどの浸透があったことを明らかにすることはできず、他に右原告主張事実を認めうる証拠はない。

4、被告は本件土地に埋設された排水土管の破損漏水が玄関付近の家屋の基礎となっていたぜい弱な野面石積を崩壊させ、内部からの土圧の加重をまねいたことが本件護岸決壊の重要な原因であり、また本件家屋倒壊の直接の原因は、右野面石積の崩壊と家屋自体の建築構造上の欠陥にある旨主張する。

≪証拠省略≫によると、本件土地の南側道路寄りの地下数メートルに、本件家屋建築当時から道路その他の高所から家屋西側に落ちる雨水を矢多田川に流す目的で土管が埋設されていたこと、亡音一は本件家屋買受後その基礎周辺をコンクリートで舗装したこと、本件護岸決壊の直前本件家屋玄関前のセメント舗装部分が足で踏んだのみで四〇ないし五〇センチメートル陥没し、地中の空洞化をうかがわせる現象が生じていたことを認めることができる。しかしながら、右排水土管の破損をうらずけする資料は何もないから、右陥没現象が排水土管の漏水によって生じたと断定することはできない。それ故右漏水により野面石積が崩壊したとする被告の主張は直ちに採用することができない。かりに、排水土管の破損漏水が右石積の崩壊を助長し本件家屋の倒壊をもたらしたとしても、本件護岸の決壊が河床の洗掘現象にも基因している以上、右護岸の設置管理の瑕疵に基づく被告の責任に消長をきたすことはない。

また、本件家屋の構造は前記1に認定したとおりであり、右事実によると、河岸の狭い場所にある建築物としては、本件家屋は基礎工事がぜい弱であって、全体として安全性に欠けるきらいのあることは否定できないけれども、≪証拠省略≫によると、建物自体は同二八年当時この地方で一般に行われていた本建築の方式に従って建築され、それ以来格別の損傷もなく経過し、特に四五年災害では本件護岸を越えるほどの出水にも耐えてきたことが認められる。かりに、本件家屋倒壊の直接の原因が野面石積の崩壊と家屋の構造上のぜい弱性にあったとしても、≪証拠省略≫によると、本件護岸の石垣が原形をとどめない程度に決壊し、それにともなって本件家屋が基礎もろとも倒壊したことが認められるから、本件護岸の瑕疵と本件家屋の倒壊との間に相当因果関係がないとすることはできない。

5、被告はさらに、亡音一夫婦が状況判断を誤らず迅速に屋外に避難していれば人身事故は発生しなかったと主張する。≪証拠省略≫によると、本件事故直前の状況について次の事実が認められる。

甲山町議会議長古川卓己は、増水状況を見廻り本件家屋倒壊の約二〇分前頃本件現場に着き、大悟橋上および本件家屋裏側を見分したが、水位が本件護岸まで約三〇センチメートル、橋桁まで約一メートル残していてそのかぎりでは音一宅にさし迫った危険は感じられなかったけれども、念のため折りからきあわせた伊達孝雄と音一方玄関前に行き道路との間の約一メートルのコンクリート舗装の玄関寄りの部分を踏んでみたところ、四〇ないし五〇センチメートル足が落ちこんだため、或いは裏側地盤に水が廻っているかも知れず危険であるから消防団の出動を求めようということになり、付近にいた亡キヌヨに危険だから退避した方がよくないかと注意し、消防団長に連絡のため自宅に引返したが、同女はまだ大丈夫と思っていたのか笑顔を返しただけであった。右伊達孝雄や来あわせた高山逸宗は、亡音一が折から店の中で商品を川側から反対側に移動しているのを見て、おじさん危いのうという言葉をかけ大悟橋を渡って帰る途中本件家屋が倒壊した。近所に住んでいた高校一年生矢吹朋久はたまたま買物に来て亡音一が商品を移すのを約一〇分ないし一五分間同様来あわせていた中学生清光清とともに手伝っているうち、本件家屋が一瞬川の方に流されるような形で倒壊し、倒れた柱の間に足を挾まれた。

以上のように認められる。右事実によれば、亡音一夫婦としては、右古川らがせっかく危険ではないかと注意してくれたのであるから、水の高さのみに頼らず、陥没状況をもよく確め周囲の状況にてらし家屋倒壊の危険があるかどうかについて話合うべきであったということができるが、一方亡音一らに注意した古川らとしても、商品の搬出等に人手がいることをも案じて消防団の出動を求めようとしたのであって、まさかその数分後に本件家屋の倒壊を見るほど危険が迫っているとまで考えていたのではないことが認められる。してみると、亡音一夫婦に右注意を受けた段階で直ちに屋外に退避の行動に移ることを期待するのは酷にすぎるというべく、状況判断の誤りを損害額の算定に際し考えることはともかく、同人らの死亡事故が本件護岸の瑕疵と相当因果関係がないということはできない。

6、以上の次第で、本件事故は本件護岸の設置若しくは管理の瑕疵によって生じたものであり、従って、矢多田川の管理の費用負担者である被告は、本件事故によって、亡音一夫婦および原告の受けた左記損害を賠償する義務があるということができる。

三、損害

(物的損害)

1、本件家屋倒壊流失による損害  一三万八九二六円

≪証拠省略≫によると、本件家屋は亡音一の所有であったが本件事故により倒壊流失し用をなさなくなったこと、当時の価格は原告主張の一三万八九二六円を下ることはなかったことが認められ、反対の証拠はない。

2、商品の流失使用不能による損害     八〇万円

≪証拠省略≫によると、亡音一夫婦は、本件家屋で同三二年頃以来音一名義で日用品、雑貨、文房具の小売業を営んでいたところ、本件事故により在庫商品のほとんど全部が流失または破損して使用不能となったこと、事故時の右商品の価格は八〇万円を下ることはないことが認められ、これに反する証拠はない。

3、家財道具類の流失使用不能による損害 一二〇万円

前記2認定の事実、≪証拠省略≫によって認められる本件家屋の大きさ、亡音一夫婦の事業ないしは営業の規模、収入、生活状態、家族構成等の諸事情によると、亡音一、キヌヨ夫婦が本件家屋内に固有若しくは共通の財産として所有していた家財道具類で本件事故により流失若しくは毀損して使用不能となったものの当時の価格は一二〇万円と見るのが相当であり、格別反対の証拠はない。

(人的損害)

4、亡音一の逸失利益      二三七万二〇四〇円

≪証拠省略≫によると、音一は事故当時五七才で極めて健康であり、左官業に従事して一か月平均六万円の収入をあげていたことが認められる。よって、就労可能年数を六五才までの八年、その間の生活費を収入の二分の一とし、年別複式ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して事故時の逸失利益の現価を算出すると二三七万二〇四〇円となる。

(60,000円×1/2×12×6.589=2,372,040円)

5、亡キヌヨの逸失利益     一一九万一七五〇円

≪証拠省略≫によると、亡キヌヨは前記小売業に専従し一か年三〇万円の収入があったこと、事故当時五三才で健康であったことが認められる。そこで、就労可能年数を一〇年、その間の生活費を収入の二分の一として年別複式ホフマン式計算法により年五分の割合の中間利息を控除して事故時の逸失利益の現価を算出すると一一九万一七五〇円となる。

(300,000円×1/2×7.945=1,191,750円)

6、相続

≪証拠省略≫によると、原告は亡音一、キヌヨ夫婦間の子で他に相続人がいないことが認められるから、原告は前記1ないし5の損害賠償請求権を相続により取得したといえる。

7、葬儀費                三〇万円

≪証拠省略≫によると、原告は右両親の葬儀を行い三〇万円以上の費用を支出したことが認められる。前示認定の本件事故が不慮の災害であること、両親の社会的地位、地方の習慣その他の諸事情によれば右費用のうち三〇万円の限度で本件事故による損害と認めるのが相当である。

8、過失相殺

前記二1に認定したように、本件家屋は河岸の傾斜地に床下を中空にして建てられ基礎工事がぜい弱であったのであるから、亡音一としては平素から万一の場合の事故に備え補強につとめるべきであるのに、これに意を用いなかったばかりか、≪証拠省略≫によると、万一の場合倒壊の危険を助長しかねないような外部階段を本件護岸に取りつけ二階に直接出入できるよう改造したことが認められる。また前記二5に認定したところによると、亡音一、キヌヨ夫婦は前記古川卓己らが危険を警告されたにもかかわらず、周囲の状況を確め話合うことを怠り、状勢判断を誤り退避が遅れたきらいが全くないともいえない。右事実は公平の見地から妥当な賠償をさせるため被害者である亡音一、キヌヨの過失として考慮するのが相当であり、前記各損害につき、それぞれの二割を減額すると残額は合計四八〇万二一七三円(円位以下四捨五入)となる。

9、慰謝料               三〇〇万円

父母の愛を一身に集めて育った原告が不慮の事故により一瞬にして父母を失い甚大な精神的苦痛を受けたことは言うまでもないことであり、以上認定の事故の態様、被害者の過失その他の諸事情を合せ考えると、原告に対する慰謝料の額は三〇〇万円が相当である。

10、弁護士費用              五〇万円

≪証拠省略≫によると、原告は被告との話合がまとまらないため、外山佳昌弁護士に本訴提起を委任し、着手金五万円を支払いかつ成功報酬として認容額の一割を支払うことを約定したことが認められる。本件事案の性質上弁護士を付する必要のあること認容額その他の事情にてらすと、五〇万円の限度で弁護士費用を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

四、以上の次第で、原告の被告に対する請求は、前記損害合計八三〇万二一七三円と弁護士費用を除く内金七八〇万二一七三円に対する本件事故発生後である昭和四六年七月二五日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条を適用し、仮執行宣言は相当でないからこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 五十部一夫)

〈以下省略〉

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